ガンガラ―の谷&那覇基地 視察

【平成29年1月16日】

参加者名簿

 日程表

 

<視察①:ガンガラ―の谷>

主催:観光委員会

目的:ガンガラ―の谷は、鍾乳洞が崩壊して出来た谷にガジュマルの古木等の森が広がる、本島南部有数の観光地です。施設内にあるサキタリ洞遺跡は、日本人のルーツとも言われる「港川人」の居住区と考えられており、世界最古となる2万3千年前の貝製の釣り針が発見されたことも話題となりました。今回は、体験型観光を実際に「体験」し、観光産業振興への見識を深めることを目的に視察を行いました。

 

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(写真左:(株)南都(ガンガラ―の谷)の大城社長にご挨拶頂きました。)

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       (入り口を入るとすぐに、発掘作業が行われていました。)

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 (写真右:ユニークベニューの会場としても使用される、ケイブカフェ)

○ガンガラ―の谷では、ガイド同行で約1kmの道のりを1時間程かけて散策します。ツアー出発前に、ガイドの萩原氏より概要のご説明がありました。

 

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○ジャイアントバンブー(巨大な竹)やガジュマル等の谷に生えている植物や、鍾乳洞、谷の成り立ち等の説明等を聞きながら進みます。天候にも恵まれ、気持ちの良い環境のなか、散策を楽しみました。

 

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○ガンガラ―の谷は洞窟の屋根が崩れて出来ています。一説には日本人のルーツだと言われている港川人の生活場所があったのではと期待され、2007年より発掘が行われています。

○3千年前の石棺や8千年前の土器、そして、世界最古の2万3千年前に作られた貝を削って作られた釣り針等も出土しています。2万年以上前から、人々が生活していた場所ではないのかと考えられています。

○沖縄では、港川人の様な旧石器時代の人骨が多く発掘されています。本土では、火山灰が中心に形成されているので、酸性になり骨が溶けて、化石が残りづらいようです。沖縄は琉球石灰岩で、主成分は人骨と同じカルシウムですので、骨が溶けないで残っていることが多いとのことです。

○港川人の足どりを求めて発掘調査が続けられています。私達の祖先である、ホモサピエンスは、約20万年前にアフリカで生まれ、6万年前にアフリカを飛び出して、約4万年前に東アジアへ到達したと言われています。そして、一説には、最初に日本列島へ渡った人は、3万年前に南の方から沖縄を通って行ったのではと考えてられております。もしかしたら、こちらで眠っている港川人が、私達、日本人の祖先なのかもしれません。

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<視察②:那覇基地(陸上自衛隊第15旅団)>

主催:基地・安全保障委員会

目的:陸上自衛隊第15旅団を訪問し、防衛や災害支援、不発弾処理等の陸所自衛隊の活動について御講演頂きました。また、陸自第15ヘリコプター隊にご協力頂き、輸送ヘリの機上研修として、実際にヘリコプターへの搭乗体験もさせて頂きました。

 

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(写真左:ご講演頂いた、伊崎副旅団長)

○担任する地域は、沖縄県の与那国島から大東島までの東西約1,000km、南北約400kmですが、航空機を使用した緊急患者空輸等の災害派遣については、奄美大島まで担任しており、そこまで入れると南北は約500kmの地域となります。これだけ広いエリアを約2,200人が担任しています。

○沖縄本島には、陸自第15旅団、海自第5航空群、空自の南西航空混成団が所在しています。それ以外に、宮古島にレーダーサイトが一つあり、また、昨年3月に与那国島に160人規模の与那国沿岸監視隊という部隊が出来ました。沖永良部島レーダーサイト、奄美大島と喜界島に通信所があるのですが、実行力をもった部隊は全くいない状態です。

○宮古島と石垣島に陸自の部隊を作ろうとしております。奄美大島の方にも進めています。 我々の部隊があれば対応出来るようになるのですが、空白地帯があることに、非常に大きな危険性を感じております。空白地帯を作らないように広がりを持つことが大事だと考えています。

○米軍は、嘉手納のエリアや、金武から宜野座にかけて等、大きな面積を取っているため、確かに沖縄の発展に影響を与えているところもあると思います。しかし、彼らがここにいることによって、地域の守りが強化されている面があるのは間違いないですし、災害時には、彼らの力は大きい物だと考えております。

○陸・海・空の連携及び米軍とも連携をしっかりすることが重要であると思っています。

○離島地域での活動について、船や飛行機が無いと渡れないため、移動は結構大変です。昨年2月に北朝鮮からのミサイルに対応して石垣に部隊を運んだ際に、いかに離島へ部隊を移動させるのが大変なことなのかを実感しました。平時の時でこれだけ大変なのだから、もしもの時には簡単なことではない。このような観点からも、主要な場所には最初から基盤を持つというのは、非常に大事だと思っています。

○沖縄県出身者は約4割強いますが、他の部隊は地元の方が8割程おりますので、沖縄出身の隊員を増やしていけるように努力しています。幹部クラスも含めて増やしていくことが、郷土の部隊としていく意味でも大事なことだと考えています。

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【不発弾処理(第101不発弾処理隊)】

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○昭和49年に那覇市小禄で、工事中の機械が不発弾に接触し爆発事故が発生しました。これを機に不発弾処理隊が発足ました。当初は専門部隊ではなく、弾薬を扱う隊員で処理をしていましたが、この事件を受けて、同年の6月に特別不発弾処理隊が新編されました。その後、平成5年に第101不発弾処理隊へと改編されました。

○隊長以下約20名 幹部と陸曹の専門家で編成しています。緊急待機の部隊は 幹部1名陸曹2名が365日、24時間体制で待機しています。平日の課業中は、要請から10分以内に出動出来るようにしています。課業外でも、30分以内に出動出来るようにしています。平成27年度は541件の緊急出動があります。

○全国に占める不発弾処理の実績でみても、沖縄が突出しています。激戦区と言われる浦添や西原以南に集中しています。このような中において、101処理隊は創隊以来42年間無事故です。

○不発弾処理作業は、失敗が死を意味しますので、常に緊張感をもって取り組んでいます。火薬は生きていますので、これからも慎重に対応して行きたいと思っています。

【機上研修(第15ヘリコプター隊)】

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○陸・海・空 すべての部隊にヘリコプター隊が存在していますが、航空自衛隊のヘリコプター隊は、主としてレーダーサイトの荷物の輸送がメインです。海上自衛隊は潜水艦の哨戒や、機雷の掃海が任務です。陸自は、航空偵察や攻撃ヘリでの戦闘、輸送機での輸送、その他、災害派遣、PKO活動、在外邦人等輸送等の任務に従事しております。

○東日本大震災の際に派遣されたヘリコプター隊は、ピーク時で陸自105機、海自79機、空自33機の計217機となっております。陸自が救助した救助者数約15,000名のうち、3,556名はヘリによって救助されています。

○離島の緊急患者輸送を実施しており、奄美以南の地域を担任しています。北は喜界島、奄美大島から、東は大東島、西は石垣島までです。これだけ広いエリアをカバーしているのは、全国でもここだけです。

○この急患空輸については、昭和47年の沖縄返還以来、米軍から引き継いだ形で44年間実施しており、本日現在で9,059回実施しております。9,000回を達成したときには、沖縄、鹿児島の両事より感謝状を頂いております。

○民間のドクターヘリも就航していますが、ドクターヘリは昼間の近距離の空輸しか出来ません。よって、夜間等の危険を伴う輸送は、我々が実施しています。

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 (機上させて頂いた、CH-47JA。)

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○昼食は、旅行業界のアカデミー賞といわれる「ワールド・ラグジュアリー・ホテル・アワード2016」を受賞した、「百名伽藍」(オーナー:渕辺 美紀、当会副代表幹事)にて頂きました。また、昼食後には、施設を見学させて頂きました。

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○那覇バス(株)様のご配慮により、移動中はバスガイドの山城氏の楽しいご案内と三線演奏があり、移動中も楽しく過ごすことが出来ました。

 

 

(文責:沖縄経済同友会事務局)